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「仲良しにならなくちゃ」と必死だった① ~クッキー、プラ板~

両親から言われた呪いの言葉のひとつに「兄弟仲良く」があったので、幼い自分は「とにかく仲良しにならなくちゃ」と必死だった。

目次

友人宅で弟のためのクッキーをいただく

小学生時代、近くに同級生のアキラくんという男の子の家があり、ある時、そこに遊びに行った。なにもかも揃っている、裕福な家だった。そこで綺麗な缶に入った、外国のクッキーが出てきた。

わぁ・・・
私は見とれた。その時、小さい弟のことを思い出した。

しばらく逡巡してから、勇気を振り絞って、アキラくんの母親に頼んだ、。
青「おばさん、うちに弟がいるので、このクッキー、二人分のお土産にいただけますか?」
おばさん「いいわよ。ずいぶん弟思いなのね。」

家に持ち帰ったクッキーを、弟は喜んだ。
ああ、できた。いいお姉さんができた・・・。

ほっとしたのもつかの間。数日後、私は母から大目玉を食らった。

母「アキラくんのところでクッキーをねだったんだって? なんて恥ずかしいことをしてくれるの!! おばさんにいいって言われたの?」
青「言われた・・・。いいわよ、弟思いなのねって・・・。」
母「ほら見なさい! 皮肉に決まってるでしょう!!!」

振り返って思うこと

母は、アキラ母と共通の知り合いであるピアノの先生から、クッキーの話を聞いたのだった。そして、帰宅してから激怒した。アキラくんの母親がピアノの先生にどんなふうに話したのかはわからない。しかし、伝言ゲームの結果として、母の時点では「青はがめつく、はしたなかった」ということになっていた。
私は頼む際にも礼儀正しく丁寧だったし、おばさんの返事も好意的なものに聞こえたので、「これで駄目だったなんて言われたら、大人はまったく信用できないな」と思い、怖くなった。

そもそも、青は、普段はほしがったりねだったりすることができない子どもであった(別記事参照)。
今回の件で、いつもならできないような行動をとったのも、「弟を喜ばすため」という大きな命題があったればこそである。とにかく、弟と仲良しにならなくてはと、必死だった。

「お誕生日おめでとう」のプレートを作っていたが、父は見ずに怒った

これも小学生時代のこと。工作用プラ板が手に入ったので、弟にも分けて、二人で思い思いのものを作っていた。当時はあまり道具も知識もなかったので、単純に油性マジックペンで好きな色や文字を書き、トースターで焼いて縮めるだけだ。

弟ねずみ「お姉さんの見せて。」
青ねずみ「駄目よ。見せられない。」
弟ねずみ「なんでだよ!見せて見せて!」
青ねずみ「弟ねずみくんのも見せてくれなくていいから、私のは内緒。」
弟ねずみ「やだ!見せろ見せろ見せろ見せろ!!!」
父「意地悪言わずに見せなさい。」
青ねずみ「意地悪じゃないです。だって、これですよ、おとうさま見てください。」
父「うるさい。もうどうでもいい。いい加減にしなさい!」
私が父に見せようとしたものに一瞥もせず、父は急に機嫌を損ねた。

その時私が作っていたものは、「弟ねずみくん、お誕生日おめでとう」と書いたプレートだった。弟の誕生日が近かったので、サプライズのプレゼントにしたくて作っていたのだ。
しかし、この時も、弟が見せろと喚き、父が突然怒ったので、家中不穏な雰囲気になってしまった。

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この記事を書いた人

虐待サバイバー医師です。内科医兼精神科医です。医学部再受験の時のことや、自身の歩んできた道、思うことなどを書いていきたいと思っています。

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