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部屋がないという問題④ ~ゴミ箱、鼻歌、耳かき~

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激昂した父にゴミ箱を壊される

私は、自宅の自分の机の横にゴミ箱を置いていた。プラスチック製の、蓋のない、円筒形に近い形のゴミ箱で、オレンジ色の花柄のプリントがされていた。いつも自分の足下の左側に置いていた。私は机に対して少し左を向くように座り、ゴミ箱の縁に両足をかけて本を読むのが好きだった。
ある日、それを父に咎められた。父は、居間から、八畳間の私の方へ、言葉をかけてきた。
父「やめなさい」
青「・・・?」

父は、居間の座布団から立ち上がり、つかつかと私の前までやってきた。

父「今すぐ足を下ろしなさい」
青「・・・?」
父「そんなところに足を乗せることがどういうことかわからないのか?」
青「・・・?(首をひねる)」
父「わからない奴だな、自分のしていることが悪いことだと思ってないのか?」
青「そこまで悪いこととは・・・」
父「なに!? 親の言うことがわからないのか? 行儀の悪いことだと思わないのか? 娘がゴミ箱に足を乗せている姿なんて見たくないんだ! 言ってることがわからないなら、ゴミ箱なんか使うな。貸しなさい。」

父がゴミ箱に手を伸ばそうとするのを見て、私はとっさにゴミ箱を抱えた。
青「嫌です・・・」
父は、ものすごい形相で私を数秒間睨みつけていた。それから、無言で居間に戻っていった。

父が居間に戻ってからも、しばらく私はゴミ箱を抱えていた。なにか、殺気のようなものを感じる・・・
私はトイレに行きたかったのだが、嫌な予感がするのでトイレを我慢して、ゴミ箱のそばにいた。

しかし、30分ほど経過しただろうか、私はとうとう尿意を我慢できなくなってきた。父は居間でTVをみている。さすがにもう大丈夫なのではないか?
私は、そっと椅子から立ち上がり、足音を立てないようにトイレに向かった。
用を足し、ほっと一息ついた時である、バリバリッという何かが壊される音が聞こえたのは。

はっとしてトイレから飛び出すと、八畳間の向こうの庭に、父親が仁王立ちしているのが見えた。父の足下には、無残に押しつぶされた、私のゴミ箱!
ああ、なんていうことだ! ごめんなさい私の大事なゴミ箱! ちょっと目を離したばかりに! 
ひどい、ひどい・・・と、私は泣きじゃくった。

「泣く声がうるさい」という罪状を付け加えられ、父からは半日間罵られた。

振り返って思うこと

あの時、どうしてゴミ箱を隠してからトイレに行かなかったのかと悔やんだ。しかし、そうしたところで、あの父の様子では、早晩同じことになっていたかもしれない。トイレへも学校へも行かず、終日ゴミ箱を守り続けるなんて、所詮無理なことだったから。

父は、年を追うごとに酒量が増えていっていた。あの日、父は相当量の飲酒をしていたと思われる。

「娘がゴミ箱に足を乗せている姿なんて見たくない」というのは、「娘が眼鏡をかけている姿なんて見たくない」と同じ理屈である。

私は、子ども時代小柄だったので、椅子に座ると足が床に届かず、足がだるくなりやすかった。フットレスト代わりになるものが必要で、ゴミ箱がその役割を果たしていたのである。

たしかに、眼鏡と異なり、ゴミ箱に足を乗せることは、あまり行儀のよい行為ではなかったかもしれない。しかし、自分の机でのことである。
私は子どもなりに公私の区別はきちんとついていたので、人前で行儀悪くすることはなかった。対して、自分の机周りは、プライベートな場所であるので、本来他者に咎められることなくくつろげるはずのスペースである。これも、自分の部屋さえあれば起きなかった問題である。
「娘がゴミ箱に足を乗せている姿なんて見たくない」というのであれば、なおさら部屋を与えてほしかったものである。

後日、母が新しいゴミ箱を買ってきてくれた。赤いドット柄だった。似たような形状・大きさのものを買ってきてくれたのだが、前のものよりも縁がうすく、足を乗せると足裏が痛くなった。
思えば、本が読めなくなり、勉強にも身が入らなくなってきたのは、この頃からだった。

鼻歌はノイズキャンセルだった 

自分の部屋がなかったので、なにをしている時でも、物音が直接的に耳に入ってくる環境だった。とりわけ、弟のうるささが耐えがたかった。そして、 「本を読んでるから、もう少し静かにして」 とでも言おうものなら、 「なんだよそれ、なんだよそれ、ふざけんな、バーカ!!」 といった具合に、余計にうるさくなるのである。
弟を刺激せずに「ここに人がいますよ」と静かに伝えるためには、どうしたらよいだろうか? 苦肉の策として、弟が音声を発し始めたら鼻をシュンと啜ってみた時期もあった。「あ、自分一人じゃなかったな」と気づいて静かにしてくれるだろうか・・・と期待を込めて。
・・・もちろんまったく効果はなかった。

いつからか、私は読書中も宿題中も、鼻歌を歌うようになっていた。
咎めたのは父である。
父「そんなんで、集中できるんですか?」
青「はい(歌わない時より、いくらかは)」
父「ふざけるんじゃない! 歌いながら集中できる人間なんてどこにいるんだ!!」

振り返って思うこと

当時、父に言い返すことができなかったが、私にとっての鼻歌は、ノイズキャンセルだった。耳に聞こえてくる外部音があまりにうるさく不快だったので、自分の鼻歌で外部音を遮断しようとしていたのである。
何事にも理由がある。大人たちがもう少し事情を理解しようとしてくれたら良かったのにと思う。

おまけ:耳かきをしていて怒られた話

お風呂上がりに居間で耳かきをしていたところ、近くを弟が跳ね回っていたので、
「危ない危ない! ぶつかるところだったよ」
と言ったが、案の定、親は弟に注意しないし、弟は謝らない(弟ねずみはいつも叱られないし、謝らないのだ)。 それどころか、私は父から
「そんなところで耳かきなんかしているのが悪いんだ」
と怒られた。 私の住む環境の中で、安全に生きられる場所を見つけるのは至難なことだった。

振り返って思うこと

そもそも、耳かき云々を抜きにしても、いつ身体に接触してくるかわからないほど近くを人が跳ね回っている時点で、自分には十分不快である。

おそらく、弟ねずみはASD的要素だけでなく、ADHD的要素も多分に持ち合わせている(まあ、青ねずみ自身もASDとADHDのオーバーラップの傾向にあると思っておりますが・・・)。

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この記事を書いた人

虐待サバイバー医師です。内科医兼精神科医です。医学部再受験の時のことや、自身の歩んできた道、思うことなどを書いていきたいと思っています。

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