おじいさんのカメラが弟に渡される
父が郷里に出向いた後、父方の祖父が使っていたという古いカメラを持ち帰ったことがあるが、それがまだ当時5歳ほどだった弟に渡された。 私は、胸が締め付けられるほど羨ましかったが、父は私の必死に耐える表情を見て面白がるだけだった。
振り返って思うこと
父は、古い時代の人間で、男尊女卑の考えを根強く持っていた。いくら年が下でも、長男を優先しやすかった。
ずっと欲しかった、顕微鏡の話
小学生の頃、私が年単位で欲しかったもののひとつに、顕微鏡がある。
学校の理科の時間に初めて顕微鏡を覗いた時から、そこで見える世界に夢中になった。身近なものを拡大することで、こんなに美しい不思議な世界が見られるなんて! 花粉、葉脈、昆虫の羽・・・、見たいものがたくさんあった。
私はあまりおねだりをする子ではなかったが、こればかりは、勇気を振り絞って父に懇願した。どうしても欲しいです。お願いです。どうか買ってください。
何度めに頼んだ頃だったか、父から
「どんな顕微鏡が欲しいんですか?」
と尋ねられた。
青ねずみ「電子顕微鏡みたいな高いのは、さすがに要らないです。手ごろなものでいいんで、欲しいです。」
父「なるほどね。わかりました。」
ああ、この質問が来るということは、いよいよ具体的に顕微鏡選びが始まるんだ! やっと手に入るんだ!! 私の胸は高鳴った。
しかし、その後、待てど暮らせど、顕微鏡は家にやってこなかった。
数年後、ある年の弟の誕生日のことだ。父から弟へのプレゼントの箱から出てきたのは、なんと、顕微鏡!!!
「ああああああああ!」
自分から、言葉にならない悲鳴のような声が出た。なんということだ! 年単位であこがれていたものが、弟にはいとも簡単に手に入ってしまうなんて! その時、父が弟に言った、
「おねえさんにも貸してあげてくださいね」
私は、年単位で待ち焦がれていた顕微鏡を、5歳下の弟に頭を下げて貸してもらわなければならないのか・・・
この日、私は号泣し、そしてまた「声がうるさい」という理由で父親から怒られたのだった。
振り返って思うこと
それは、たあいない学童用のおもちゃの顕微鏡であったが、私の心をひどくかき乱すものであったことに変わりはない。
この頃の父は既に、私の乳幼児期の父親とは異なっていた。生活が荒れ、余裕が失われてきた時期である。おそらく、父は(そして、母も)青ねずみと弟ねずみを一人ずつ丁寧に見てはいない。「子どもたち」とひとくくりにしていたに違いない。そうだとすれば、青ねずみの欲しがっていた顕微鏡が弟ねずみに与えられたことにも説明がつく。父は「青ねずみが顕微鏡を欲しがっている」ではなく、「子どもというものは、こういうものを喜ぶものだ」という把握をし、それに従って、大事な長男へのプレゼントに顕微鏡を選んだのだろう。
しかし、肝心の弟は、もらった顕微鏡をまったく使わなかった。それもそのはずである、顕微鏡を欲しがっていたのは弟ねずみではなく、青ねずみだったのだから。 弟は弟で、ほかに欲しいものがあったに違いない。
あれから20年経ったある時、実家の引っ越しをすることがあった。母と一緒に大がかりな片付け作業をしていたところ、押し入れの奥から例のおもちゃの顕微鏡が出てきた。その時、母は、
「青ねずみ、これ使う?」
と屈託のない笑顔で私に尋ねてきた。 あの悪びれない笑顔が忘れられない。もう30歳を過ぎた自分に、いまさらこのおもちゃを渡して喜ぶとでも思ったのだろうか。改めて、悔しくて泣きたい気持ちになった。